炭壁ドンで広角ドン!24mmが穴から出た夜
- 飯塚 祐介
- 10月11日
- 読了時間: 3分
坑道の夜勤。湿った空気と遠くの発電機の唸り。オイラことトマソンが鼻をひくつかせた。「おい!オイラの勘が言ってる、ここ掘れ宝だ!」「なぁ〜トマソン、先に乾杯の理由を掘り当ててくれんかのう」ワシ、ヘベレケはツルハシを杖にニヤリ。横でランプを磨くノーチェルが冷静に言う。「私、粉塵量は許容内。では、三回だけ叩きます」
カーン、カーン、…ガコン。炭壁の向こうに空洞。トマソンの手がすばやく突っ込まれる。「来た!金属の手触り!」出てきたのは黒い筒。

妙に凛とした前玉に、赤いリングが光った。「Canon New FD 24mm F1.4 L…!」ノーチェルの声が一段上がる。「宴じゃぁ〜!」ヘベレケの鼻がさらに赤い。
陣地はその場で展開。油紙の上に布、ランプ二つ。オイラが胸を張る。「どうだ、オイラの鼻!」「うむ、珍しく働いたのう」「珍しくは余計!」
ノーチェルがそっと外装を拭う。「ピントリング下の角部にほんの少々の擦り傷、ですが全体は良好。作業跡としては上等です」「つまり、まだまだ現役ってことじゃな」ヘベレケが瓶をカンと鳴らす。
ノーチェルの目が研究モードに切り替わる。「この“L”。24mmの中でも評価が高い個体です。開放F1.4はクセがあって周辺の描写が踊る。しかしF2〜F8に絞るとグッと安定、高コントラストへ。広角だけど、芯はぶれない」「芯がぶれない、ええのう。ワシの足取りはぶれるがのう」「そこはぶれ補正できません」
トマソンが炭壁越しの坑道を覗く。「で、これは街で誰に刺さる?」「オールドレンズ好き。特に“開放の味”と“絞りの凛々しさ”を両方楽しむ人ですね」ノーチェルはピントリングを軽く回す。指先が勝手にダイヤル回してるぅ、みたいな顔をして自分で苦笑する。
「重量感は?」ヘベレケが手に取りバランスを見る。「前玉の存在感はありますが、FDらしい取り回し。フィルムでもミラーレスでも、アダプタ経由で舞台に立てます」ノーチェル。「舞台はどっちへ向かう?」トマソンがランプを掲げる。「西じゃ!」ヘベレケ。「いえ、右です。作業台はこっち」小さなすれ違いで三人が同時に向きを変え、工具がカランと笑った。
「しかし開放のクセって、実際どう見る?」トマソンが“客目線”に戻る。「背景がやわらかく解ける。光が斜めに入る場面では周辺の描写が少し甘く、そのぶん被写体の芯が浮く。F2〜F2.8で安定に寄せると輪郭が締まり、F5.6でコントラストがぐんと立つ。一本で性格が切り替わるんです」「なるほど。現場では“二役”こなすってわけじゃのう」「そう。外装は擦り傷ほんの少々。だから“飾るより使う”が似合う。気兼ねなく現場投入できるのは強い」
「価格?状態?持ち帰って整備?」と畳みかけるトマソン。「現状でも動作良好。清掃後に点検、店頭でチェック可能。個体差が出る要素は私が記録します」「ワシ、記録の前に一杯」「いや、落ち着け私。まだ撮ってない」
最後にヘベレケが坑道の入口に立ち、誇らしげにレンズを掲げた。

「広角のくせに、世界をぎゅっと寄せてくれる一本じゃ。今夜の星明かり、全部入る気がする」トマソンがニヤリ。「じゃ、地上で試し撮り。街灯と影、確かめようぜ」ノーチェルがランプを消す。「絞りはまずF2から。次にF5.6。結果は…宴で」

炭壁の穴はそっと布で養生。我らの夜は、広がった。広角的に。



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