炭坑ピットで発掘騒ぎ!正方形の主、現る。
- 飯塚 祐介
- 10月23日
- 読了時間: 3分
昼休みの炭坑。ロベルトが弁当をほおばり、ノーチェルは軍手を干し、粉じんが光の帯になる。そこへトマソンが土まみれで飛び込んだ。
「おい!オイラは宝を見つけたぞ!宴の用意はどうした!」
「落ち着け。ここ坑道、ここ昼休み」ロベルトがツッコむ。
「いや、宴は心で始めればゼロ秒だ」トマソンが胸を張る。二枚目顔。…トンカチはにぎられたままだ。

土を掘り返すと黒い金属の塊。四角い顔。腰を落として覗く窓。
「ZENZA BRONICA SQ-A…ですか。しかもウエストレベルファインダー、ZENZANON-S 50mm F3.5、120フィルムホルダー、スピードグリップまで」
ノーチェルの声が少しだけ上ずる。
「オイラの鼻が言った。正方形の王が眠ってるってな」
「王? 主に6×6判の世界の話だな。覗くと左右が逆になるんです。だから構図が一拍遅れて頭に入る。その遅れがいい。落ち着いて置ける」ロベルトが肩を回す。
「正方形はね、端に追いやられた余白が主役を奪い返す場なんですよ」ノーチェルが指でフレームを作る。
トマソンがグリップを握る。
「指が勝手に巻き上げレバー回してるぅ…」
「いや、まだフィルム入ってないだろ、俺」ロベルトがセルフでブレーキをかけた。
坑道の入口で簡易チェック。
「このセット、最初の一歩にちょうど良い。ウエストレベルで視線が柔らかく、50mmで広めの景色がすっと入る。120ホルダーは切り替えが楽、スピードグリップで手持ち安定」ノーチェルが短く要点を積む。
「つまり、はじめての中判でも、6×6の独特さを丸ごと味わえるってことだな?」「そう。セットで揃っているから迷いが少ない。まず“撮る”に集中できる」
ロベルトが顧客の顔になる。
「重さとか、取り回しは?」
「そこは正直に。小型デジタルと同じ気分で歩くと膝が文句を言う日もある。でもグリップが助ける。上から覗く姿勢は目立たず、街でも相手の表情が柔らかくなる」
「なるほど。ケースバイケースだが、道具側が撮り方のリズムをくれる、と」
トマソンがフィルムを掲げる。
「で、これ入れれば、あの温かみのやつか?」
「ええ。デジタルと別物の、フィルムならではの深み。粒子と階調が“思い出の厚み”を残します」ノーチェルは淡々と、けれど嬉しそうだ。
「希少って話は?」ロベルトが現実に戻す。
「一式そろったSQ-Aの良コンディションは、探すと意外に骨が折れる。特にこの50mmとグリップの同梱は嬉しい組み合わせ。今、まとまりで出会えるのは運だ」
「運は嗅ぎ分けた。オイラの勝ちだな」トマソンが鼻を鳴らす。

試しに空シャッター。金属の音が坑道に吸われた。
「おい、撮れてないのに満足するなよ」ロベルト。「余談だが」
ノーチェルが咳払い。
「この覗き方に慣れると、休日の台所でも四角い世界が始まります。鍋の蓋が月、ねぎが街路樹」
「おまえ、腹減ってるだけじゃないか?」ロベルトの眉が上がる。
「で、結局どうする?」
「店に並べる。誠実に、ちゃんと“最初の一式”として紹介する。欲しい人は分かるはずだ」ロベルトが土を払う。
「異議なし。…ただ、値付けの前に、一枚だけ試写を…」
「ダメだ、俺が暴走する前に帰るぞ」三人は笑って坑口へ。地上の光が四角く見えたのは、たぶん気のせいじゃない。




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