トロッコ急停車!中判6×7、坑道でまさかのブロニカ祭
- 飯塚 祐介
- 10月12日
- 読了時間: 3分
昼休み、坑道の奥。鉄の匂いと湯気の中、僕らはガタつくトロッコを点検していた。
「うむ、今日のミッションは簡単じゃ。トロッコのブレーキ直して、帰りにひと仕事ぶんの夢を拾う」チョウ・ロウが盃を置く。

「僕、押す係いくよ!」カロリーは袖をまくる。
「私は記録係。部品番号…いえ、ついでに落とし物がないか観察も」ノーチェルがルーペを出す。
ギギィ。トロッコが少し動いて、そこで止まった。いや、止まったのは僕の心臓かもしれない。荷台の毛布の下、黒革の角がのぞく。
「ね、ねぇみんな。箱…というか、ケース?」僕はそっと持ち上げた。ずしり、良い重み。
「皆。息を揃えよ」チョウ・ロウが静かに頷く。
留め具を外す。中から現れたのは、堂々たる機械。
「ブロニカ…いえ正式には『ブロニカ ZENZA BRONICA GS-1 AEファインダー スピードグリップ付 PG 100mm F3.5 PG 65mm F4 2本セット』」ノーチェルの声が跳ねる。「日本のカメラメーカー、ゼンザブロニカが1983年に出した6×7判の中判一眼レフです」
「6×7…って数字のこと?」カロリーが首をかしげる。
「サイズです。フィルムに写る面積。プリンの大きさにも似て――あ、例えが甘すぎましたね」ノーチェルが咳払い。
「スピードグリップ…走るための持ち手か?」チョウ・ロウがニヤリ。
「持って走るなら筋トレ用ですね。撮影の安定と操作のリズム用です」ノーチェルが即ツッコミ。小さなすれ違いに皆、肩をすくめて笑った。
坑道の灯りに、軍艦のような上面が鈍く光る。僕はそっと巻き上げレバー…いややめとこう。触りすぎ注意、僕。セルフツッコミで手を引っ込める。
「要点だけ申し上げます」ノーチェルが指を折る。「まず6×7判の中判一眼レフ。AEファインダー付きで、露出の助けになる構成です。そして『PG 100mm F3.5』『PG 65mm F4』の2本セット。標準と広角、現場での組み合わせとして申し分ない。GS-1は2002年、平成14年6月に生産終了。しかし画質と操作性の良さで、中古市場では根強い人気。つまり“今ここにあること”自体が希少」

「
ふむ、希少。つまり宴」チョウ・ロウが盃を持つ。
「ちょっと待って」カロリーが顧客目線を装う。「重さとか手に馴染むか、気になる人もいるよ。扱いづらいって思われないかな」
「そこは実用の話です」ノーチェルは落ち着いて続ける。「6×7判の“面で掴む”描写は、構図の余白設計に効きます。AEファインダーとスピードグリップの組み合わせは、手早い露出決定と保持性に寄与。標準100mmは素直、65mmは広がり。二本で街と人物、どちらも守備範囲に入る。希少性に頼らず“撮る道具”としての合理が残っているのがGS-1の美点。ゆえに中古で人気が途絶えない、と私は見ます」
「なるほど。数字の説得力と、握った時の安心感が同居してるってことだね」カロリーがうんうん。
「吾からも一言。宝は、使ってこそ息をする。飾るのも良い、しかし時に肩へ。重みは誇り、そして安定じゃ」
「じゃあ確認。セットで“すぐ撮れる”のが今回の眼目。1983年生まれの6×7、2002年で生産終了。でも現役感がある。そんな理解で合ってる?」カロリーが復唱する。
「完璧です」ノーチェルは親指を立てた。指先が勝手にレンズキャップを回しそうになって、慌てて戻す。…いや、今は我慢。
「最後に実務」チョウ・ロウがケースを閉じながら言う。「状態確認、付属品点呼、そして旅立ちの準備。吾、DJ機材は仕舞っておく」
「え、今から回すつもりだったの?」カロリーが笑う。
「ふふ。坑道の残響は低音が伸びるのだよ」師匠はウインク。僕らは道具を片づけ、出口に向けてトロッコを押す。

今日の英雄譚は、小さなレールの上で完結。だが次の持ち主のもとで、この6×7がまた大きな景色を連れて帰るはずだ。
坑口の光が広がる。よし、帰ったら磨いて、写真が好きなあの人へ橋をかけよう。希少は希少のまま、でも撮るために。



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